他人が自分とは違った考え方や意見を言った時、つい同調してしまう場合が多かったりしないだろうか?
心の中では自分なりの考えや意見があるのに、その場の雰囲気を壊したくないとかその人の思いを否定するようなことは言えないとか。。。
そんな風に瞬時に考えて、他人の言うことに対して自分の本音を言えない。
私もそうだったのだけど、なるべく本音を言うようにしたら友人からもっと尊重されるようになったと言う話を書きます。
目次
・その場で同調してしまう方が楽
・いつも同調ばかりしていると大した事ない奴というイメージになる
・他人の意見に賛成することばかりがいいわけではない。
・本音で反対意見を言ったら嫌われるか?
・本音で反対意見を言うともっと尊重される。
その場で同調してしまう方が楽
グループや友達同士で話し合っている時、他の人の意見にみんなが同意していて、そちらの方向に進んでいく流れになってるとする。
そんなとき、自分一人だけそうじゃないんだよなぁ。私的にはこの方がいいと思うんだよな〜と言う意見があったとする。
その時どうするか?
今までは私は、たいがい他の人の意見に同調して、「うん、それいいと思うよ〜」
と同調してしまってた。
理由は、その方がその場の雰囲気が壊れない。
意見を出した人に対して否定しないのでその人が嫌な気分にならない。
みんながいいね〜と言ってるのだからそちらに合わせた方が和むだろう。
そんな感じ。
反対意見を言うよりよっぽど楽だからだ。
もし私がそこでみんなの意見に反して、私独自の反対意見を言ったとしたら?を想像すると、みんなの顔が一瞬曇ることが予想される。
みんなが黙る。
そして何この人?と言う空気感が漂う。
そんなことになるのを想像すると、その場に合わない反対意見が言えずに周りに同調してしまうのだ。
でも心の中は納得がいってない。
モヤモヤ感が残る。
本当はそうはしたくないのになぁと。
いつも他人の意見に同調することによって、他人に嫌な気分にさせないし、人を応援すると、”私はいい人で好かれる人”みたいな気分になっていた。
しかしそれは自分という人間の価値を大きく下げていたのだ。
いつも同調ばかりしていると大した事ない奴というイメージになる
人を傷つけたり嫌な気分にさせないためだけに、自分の意見を言わない。
そんな性格だったから、いつも私のことは他人からはあまり重視されていない感があった。
他人に合わせてあげて、いい気分にしてあげるだけのあまり印象に残らない人になっていた。
だからたまに意見を言ったりしても、言ってるそばから他の人の意見が覆いかぶさってしまい、結局私の意見など無視されることになる。
どうせユニークな意見など持っていないだろうから。と思われて聞かれもしない。
その場にいても、大したおもしろい発想などないのだろう。と思われて知らない間に他人の意見の通りにみんなが動いてしまっている。
人から見下されている感がある。
意見を最後まで言わせてもらえない。
軽視されている気がする。
人から利用されている気がする。
そんな風に感じるのだ。
これは、嫌なことに対してNO!と言えないことにも大いに共通して言える。
こいつに頼めば無理してもやってくれるだろう。
こいつの意見は特に聞かなくても進めて大丈夫だろう。
そんな風に、あまり尊重されない存在になってしまうのだ。
他人の意見に賛成するだけがいいわけではない
他の人たちの意見がいくらまとまっていても、同じ方向に進めば平和だったとしても、自分が違う意見を持っていればそれをハッキリ言った方がいい。
もし心から賛同するならいいけれども、もし心の中では少しでも違うんだよなぁと思うのならみんなに合わせて賛成しない方がいい。
いくらその場の雰囲気はおかしくなろうが、違うと思うなら勇気を出して自分の意見を言うべきだと思う。
これは私の経験からそう思うのだ。
今までは、他人を否定するようで申し訳ないと思ったりして自分の意見を言えなかった私が今は強くそう思うのだ。
実際に賛成ばかりしていたときは、人から軽視されることばかりだった。
しかも、他人から無遠慮に強い意見を言われ続けてしまうようになる。
他人は私の感情など全く気にもしないで言いたいことを言うのだ。
いつも賛成ばかりしていると、そう言うことになる。
本音で反対意見を言ったら嫌われるか?
では、相手の気持ちなど考えずに思うことを本音で言ってみたらどうなるか?
私は勇気を出して、その仲間たちが全員賛成して盛り上がっているところに、一人だけ水をさすように全く違う意見を言ってみた。
「私はそうは思わないんだよね。」と。
一瞬みんなが黙った。
そしてみんなの表情がサッと曇って、注目が私に向かった。
せっかくみんなの意見がまとまって方向が決まりそうなのに、何を言い出すのか?この人は。
という嫌な空気。
多分、私のことを難しいやつ、空気読めないやつ、扱いにくい奴と思われるだろう。
大切な友達なのに、嫌われるかもしれない。
そんな恐怖が少しありながらも私は自分の意見を言った。
”私はこう思う。”
それだけ。
他人を否定しているわけではなくて、私は独自の経験からみんながいいと思ってるようには思わない。
それだけ。
意見を言うときには、”私の独自な体験から言うと違った意見を持っている。”というスタンスで言うといい。
人の経験は人それぞれ。
だから意見がぴったり合わなくて当然。
いくら同じような考え方の集団の中でも意見が違うこともあって当たり前。
人の意見も変わっていく。
だから、他人のことは一切ジャッジせずに自分独自のスタンスから意見を言うだけだ。
他人と違う意見を嫌われるか?
実は嫌われるどころか、一目置かれるようになるのだ。
最初は、何この人?と言う空気は漂う。
でも、一人だけ違う意見を言う人に対して最終的に他のみんなが感じることは、嫌うのではなく、”尊敬”だ。
違うから嫌うのでなない。
人はみんな違う経験や違う考え方や見方をもっていると言うことは、バカじゃない限りみんな知っている事実なのだから。
同調しないで独自の意見を言えることはそれだけで勇気のあることだ。
だからいくら違う意見であったとしても、なかなかできない人がほとんどの中でそれができること自体が尊敬に値するのだ。
私がみんなと違う意見を言ったことで、みんなから嫌われたのか?
嫌われるどころか、次の日に友人から熱いメッセージをもらったのだ。
「私もこれからは意見を素直に言おうと思う。
益々応援したくなった。率直に言ってくれてありがとう!
有意義な時間だった」と。
本音で意見を言うともっと尊重される
今までは他人の意見に同調しかしないと言うスタンスだった私。
それは、人に心を許してほしかったし、私がそれでいいんだよ!と認めてあげることで勇気を出してほしかったから。
私は人に対して優しい人間だ。
だからそれが他人に対する最高の思いやりだと思ってた。
人のことを決して否定したり反対意見を言ったりしない私。
だから人からいつもこう言われていた。
「私のことをいつもジャッジしないで認めてくれてありがとう! あなたと話すといい気分になれる。」と。
だからそれでいいんだと思っていた。
でも心の底から本音を言ってみたらもっと尊重され、感謝されるようになったのだ。
”この人はちゃんと自分の独自の見方をもっている。
思慮深い人なんだ。
ただ単に仲間に合わせて楽しく時間を過ごそうとしているのではないんだ。
意見を交わし合って、もっと意義のある時間にしたいと思ってる人なんだ。”
とわかってくれるようになった。
次の日に友人から個人的にもらった熱いメッセージでもわかるように、私が本音を言い彼女の意見に合わせなかったことが、結果的には嫌われるどころかもっと尊重されることになったのだ。
しかし意見を言うときには他人に対しての思いやりは忘れてはいけないと思う。
意見を言うときには自分のスタンスからはこうだと主張することが大事。
それはあなたの意見。
これは私の意見。
そうやって区別するだけ。
あなたの意見は間違っている。と言っているのではない。
あなたはそう考えるんだね。
私はこう考える。
それだけなのだ。
他人の意見を変えようとしているわけでも、説得したりコントロールしようとしているわけでもなく。
ただ自分の思う本音を言うだけ。
それが大事なのだと言うことをこの歳になって学んだのだ。
だからこれを読んでて、自分の本音を言えてないな〜と思う読者さんも、一度勇気を持って反対意見を言ってみたらどうかと思う。
もし他人から軽視されていたならそれが徐々に尊敬に変わるから。
何より、他人から嫌われてもいいんだ、自分の本音で行こう!と言う潔さを持って生きていくことができると思う。